普通名詞と固有名詞

またくだらないことを思い出した。

小学校の時だったか、国語の授業で普通名詞と固有名詞という言葉を習ったのである。

「ネコ」は普通名詞で「タマ」は固有名詞だという。そんな説明を聞かされてみんなは素直に納得していたようだが、僕は何かひっかかかりを感じていた。

で、授業の後で先生に聞いてみたのである。

「先生、『洗濯機』は普通名詞ですよね」

「その通りだよ」

「じゃぁ、『全自動洗濯機うず潮』は普通名詞ですか固有名詞ですか?」

「それは一般に図鑑に載っている言葉ではないから固有名詞ではないか」

「じゃぁ、僕がうちの洗濯機に『うずちゃん』とか『ウージー』とか名前を付けたら、これは固有名詞ですよね。その際の『全自動洗濯機うず潮』は普通名詞ですか、固有名詞ですか?」

こんなやりとりをしたのである。ずいぶんひねくれたというか、理屈っぽいガキである。それにしても『全自動洗濯機うず潮』が時代を感じるではないか。

それに対する先生の答えは、

「洗濯機に名前を付けるやつなんかおらへん」

であった。

この「うず潮問題」の答えはまだ誰からももらってない(というか誰にも聞いてない)のであるが、この時の先生の困惑した顔は今でも覚えているのである。

日本刀とバターナイフと銃弾

以前、「トリビアの泉」なる番組で、「日本刀に銃弾を当てると刀が折れるか銃弾が切れるか」という実験をやってみた結果、銃弾が真っ二つになり「日本刀スゲー」というような空気がスタジオに充満していた。

下の動画はトリビアのものではありませんが。

僕もその番組を見たときは素直に同じ感想を持ったものだが、先日、ディスカバリーチャンネルの実験番組の、日本刀とは全く無関係に「固定したただのバターナイフに銃弾を当てると、銃弾は真っ二つになる」という実験を見て「実験というのは本当に難しいというか、嘘ではないにしろ、歪んだ印象を持たせられるもんなんだなぁ」と思ったのであった。

実は銃弾というものは印象よりもずっと脆いもので、その直観とのズレを利用すれば、モノの価値をずっと高く見せることができるということだ。

逆に消費者ができることといえば、「これはこんなすごいことができる」という実証を見たら、必ず「もっと低いグレードのものではそれはできない」という同じ実証がないと、実証としては無意味であるということを常に頭の隅に置いておくべきなのではないか、ということであろう。